村に千里眼がいてもいなくても

 文春が昭和の猟奇事件について連載しているらしく、暇つぶしに見ていたトピックから、1953年『栃木雑貨商一家殺害事件』を知った(※嫌な話なので詳しく探求するのはお勧めできない。事件経過についてのあたりさわりの少ない大筋は2025年のテレビ番組『アンビリーバボー』を参照)。

 人口600人の田舎村の雑貨商と言えば、バス停横で菅笠(すげがさ)を売っているようなアレだ(なお、昨今は男も日傘をさしているが、アホだと思っている。菅笠でアジアンにきめた方が、両手が空いて合理的ではないか?)。金回りなどたかが知れているはずなのに、そこを金銭目的で300mしか離れていない(300m離れているが市街地ではないので「隣家」ともされる)村民で地域の青年団長だった若者が、母親の治療費を目的に夜中に強盗に入って、一家3人+お手伝いの4人を殺害したとするのだが、矛盾だらけだ。
 警察は当初、現場の状況と2種類の血液型の体液が採取されたことから複数犯と見ていたが、盗品の腕時計を犯人の妹が身につけていたことから取り調べ、自供を得て逮捕し単独犯行と断定し、血液型についても後の検査で1種類だったと訂正しているようだ。
 殺害されたのは雑貨屋のおばちゃん(49歳)とその母親(71歳)と息子(21歳)と、使用人の女性(18歳)だ。犯人は27歳、下の妹は18歳と言うから、学齢も重なる(「使用人」としているが息子の嫁候補含みで同じ村の親類の子を同居させていたのではないかと思われ、現在アルバイトの子が仕事先で巻き添えになったのとはかなり違うように思われる)。それもおそらく母の代からであり、かなり親しい関係なのが当たり前、逆に、おそろしく険悪になる契機も豊富だったはずである。何かこう、都会人にはわからない村社会のドロドロしたものが伏在していて不思議はなく、金銭目的は真の動機を隠すためではなかったかと思えてしまう。だいたい、田舎村の菅笠売りで、金持ちになれるはずがないだろう。
 当日の様相もおかしい。犯人はアリバイ工作として友人を家に呼んで23時まで引き止めたと言うのだが、その後現場に行き、午前3時に押し入るまで近くでウロウロしていたとも言う。・・・アリバイにならないではないか。結局、雨戸を蹴り倒して中に入り、布団の中でおびえる4人を捕まえて手足を縛り付けてから絞殺し、・・・って、家族が縛り付けられる間、他の者はなぜ逃げるなり助けを呼ぶなり反撃するなりしないのか?脅しあげて一隅に押しやって、互いにロープで縛るように指示するしかないが、隣の青年団長だとわかっていながら、静かに従うだろうか?それも、おそらく照明は点けないだろうから暗闇である。声で自分の犯行と分かったはずなので皆殺しにすることにしたと犯人は供述していたようだが、とっさに殺すことにした相手をいちいち後ろ手に縛る理由があるだろうか?
 犯人は逮捕され刑務所に入るのだが、兄から届いた雑誌に忍ばされていた金属ノコギリで鉄格子を切断し脱獄、兄と落ち合うことは出来たが、母に会いたい一心で実家に近づき待ち伏せていた警察に逮捕され・・・。兄、大活躍だが、妹も負けていない。逮捕現場では捕まった兄にカレー汁と生卵をふるまい、その後せっけんに金属ノコギリを忍ばせて届けようとする・・・。この一家の結束力は、尋常ではない。
 対立する他家への討ち入りなど普通に起きる日本中世史を学んだ私は、犯人一家が怨恨をもつ被害者一家を皆殺しにしたが、次男は単独犯として一人罪を負ったのではないか、と言う印象を持った。彼、超速で死刑に処されるのだが(おそらく、また脱獄されては困るから)、真偽は不確かながら「いろいろと迷惑をかけましたが、私が死ねば家族も明るい生活が送れるでしょう」と話していて、絞殺台では母に助けを求めて泣いていたと言う。これを、どのように受け取れば良いだろう?
 ・・・田舎の暗闇、隣家まで300mも離れていて、蹴破ろうがどうしようが誰にも気づかれない。白内障で失明寸前の犯人の母親が、積年の怨みを抱く隣家への報復を決意し、両家の反目の元で育ち、悪感情を持っている子供たちが待ち合わせて討ち入り、後ろ手に縛って辱めた上で殺害、捜査の手が迫ったので次男が罪を背負い、兄妹がその救命に尽力している、という想定が不自然とは思えない。
 地元では当時、犯人がひとりで罪を背負った、とも噂され、被害者家族への同情は薄かったと言う話もあるようだが・・・。
 しかし、答えは古の風の中。時代とともに吹き去って、今は恨みも残すまい。

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