
過去の人から学んで現在の生活に活かして未来の人につなげる、これが学者の使命だと思うが、学者でなくても意識せずにそうするのが人間という生き物の性分とも言えよう。せっかく、過去の人たちが考え悩んで残してくれたものを学ばず、現在の自分の小知恵だけで対処するのは幼稚で、未来に迷惑しか残せまい。自分に直接であれ間接であれ教えてくれた人を、年齢性別、現役故人の区別なく称え感謝し、学んだことは他人に伝えなければ、「学盗人」とも呼ばれるだろう。
さて、本題に入る前に、高橋達志郎先生の『小鳥の飼い方と病気』を、1994年のものとしてきたが、手持ちの2冊の一方が1990年になっていることに先ほど気づいた。「発行」とする年次が2つあるのは不思議だが、1994年お亡くなりになっているので、その際に増刷して「発行」にしてしまったのかもしれないし、増刷のたびにその年次に「発行」としてしまっていたのかもしれない。いわゆる初版はいつなのか、国会図書館には・・・、見当たらない!国会図書館への納本は法的な義務なので、出版社が納本をしているはずだが・・・、心にとめておこう。この本を所蔵しない国会図書館なんて、クリープを入れないコーヒーのようなものだ(フツー、飲むのはブラックだけどな)。とりあえず、内容的に変わらなければ古い方を基にすべきなので、知る限りの古い方1990年と改めたい。この点、訂正する(書きかえるの面倒くさいし)。
なお、「まえがき」の冒頭に「私は過去10年の巣引き期間と、25年の小鳥診療生活」とあり、「著者紹介」には昭和27~37年飼鳥生活、37年開業とあるので、実際のご執筆は昭和62年(1987年)頃と思われる。知らない人のために贅言すれば、高橋先生は獣医として勤務している際の事故で両足が不自由になられてから、「巣引き屋」、小鳥の繁殖業者になられて、自分が飼育する多くの小鳥を救いたい一心で小鳥の治療の研究に励まれ、その取得した治療技術を一般の飼鳥に役立てるべく、田園調布のご自宅を開放して小鳥診療に当たられた方だ。1994年にご他界され、すでに30年の時が流れている。
ヒューヒューと息をする喘息のような症状に対し、それを甲状腺腫と見なして、25cc(ml)の水に1滴のヨードグリセリンを入れ3週間飲ませる、と高橋達志郎先生は1990年に書いていることは繰り返し述べたところだ。その細かな検証は不必要で、やりたければ得意な人が勝手にやって欲しいのだが、行きがかり上仕方がないので、市販される複方ヨード・グリセリンの成分を調べると、100mL中にはヨウ素1.2gが含まれるとある(「ルゴール液」と表現される場合もあるが、これは商品名で内容は同じだ)。そして、1滴は約0.05mlだと、目薬屋さんは言っている。
となると・・・、ここから私の苦手な換算になるので、慎重に進める。100mlに1.2g含まれているなら、0.05mlは100mlの2千分の1だから、1滴に含まれるヨウ素量も2千分の1、つまり・・・、1日に0.0006g(0.6mg)与えることになる。
これを日本人が1日に必要とするヨウ素量約0.1mgと比較すると、6倍ものヨウ素を与えている計算になってしまう。しかし、文鳥は25mlも水を飲めないので、せいぜい摂取量は人の必要量との体重比にして3倍程度、治療のため一定の期間に限って許容範囲内で濃度を上げるのは当然なのだろうから、この用量を多すぎるとは言えないかと思う。また、日常の摂取量として週2回の設定は、週を単位にすれば、人の要求量を満たすのと同程度与えているに過ぎず、用法用量としてまずは無難ではないかと思う。
一方で、ヨウ素欠乏症に対するヨウ素の用法用量について、まず間違いなく高橋先生もご参考にされたクロンベルガー博士の偉大な著作、『鳥の飼育と疾病』(学窓社1980年、国会図書館がデジタル化しており会員になればオンラインで読める。ただ、とても読みにくいので覚悟が必要)に、P150 (予防として)「週に1回30mlの飲料水にルゴール溶液1滴入れて与えてもよい」とある。こちらは週に1回で飲料水の量も5ml多いので、ヨウ素の摂取量は半分にも満たなくなってしまう。
逆に、クロンベルガー博士が挙げる研究論文において、セキセイインコに一年半にわたって「飲料水0.5㍑に対しヨード水5滴」与えたところ、「飼育した幼鳥で翼羽、尾羽のない鳥、いわゆる跳躍や走れない鳥が目立った。これらの鳥は発育不全で、若干のものは死亡した。組織学的には、正常活性または軽度障害の甲状腺が見られた」とある。つまり、P51「常時摂取したヨードはおそらく鳥の生体に対して必要なものでなくて、時には有害なこともある」(大昔の飼育法で小鳥に肝油を与えていたが、ビタミンAとヨードが過剰になり有害な面が強いとする文脈内の一節)を裏付けているが、その濃度は「飲料水0.5㍑に対しヨード水5滴」、ようするに100mlに1滴なので、25mlに1滴の1/4程度に過ぎない。薄くても常時摂取がセキセイインコに過剰症を引き起こしていたわけだ。
より薄くても予防効果があり、4分の1に薄めても過剰症の弊害がある。そもそも、軟水地域でなければ問題にならない程度なので、飼い主としては、欠乏にならないように、たまにヨードを1滴加える、それより穀物エサにボレー粉を少し混ぜておけば簡単に予防になる、程度に考えておくのが無難だと私は思う。医療としての観点と、飼育としての観点は異なるので、不足気味でも健康上問題が起きなければ良い。また、実証実験がセキセイインコの「幼鳥」で行われ、甲状腺腫は通常ヒナ段階では起きないとされるように、成長期は特に薬物によるヨウ素の常時添加は控えるのが無難と見なせよう。
で、おわかりだろうか。
結論は、1980年以前に出ていたのだ。ヨウ素剤の予防的服用は、25mlに1滴未満でも毎日の常用は危険で避けねばならなかったのだ。
にもかかわらず、そのような先学の教えを学ばなかったらしい当時の若い獣医たちは、無知蒙昧なるがゆえに、極めて危険とされていたヨウ素の常用、飲み水にヨウ素剤を毎日1滴必ず入れる、などという過剰症誘発行為を、飼い主に半ば強要した。過剰症が起きなかったはずがないだろう。同じことを4分の1の濃度で行ってさえ、発育不全となった実験結果、つまり学術的なエビデンスがあるのだから。
20年以上も前の小鳥医療の常識さえわきまえず、それを学ぼうともしない自分の傲慢に気づかず、まずい水を小鳥たちに強い、健康だったはずの小鳥を病気に至らしめた。そのような災禍を招きながら、周囲の不見識に助けられ、ゴイトロゲンが甲状腺に悪影響を与えるなどと、実証実験も出来ない臨床医ではエビデンスがない以上言えないはずのことを、軽々しく真実と思いこみ、自分の患者、つまり全体から見ればごく極一部の気の毒な飼い主の元にいる気の毒な文鳥たちから、大好物のアブラナ科やマメ科の野菜を遠ざけさせ、食べる楽しみまで奪った。
ついでに、ろくなエビデンスも無いまま、とある一つの必要量表(1994年「オウム目スズメ目全体の栄養必要量」)を金科玉条として、実際はなめているだけでも効果が期待できるボレー粉を否定するなど、次から次に実証実験を経ない与太話を確証バイアスの実例を示すが如くに言い募り、私に反証の手間をかけさせた。これが一番許せないわ!なのである(忙しいのだよ、生活に追われて)。
鳥類の臨床を志す者なら当然読むべき『鳥の飼育と疾病』、それが「師匠」の若き日の読書リストにないからと言って、まだ比較的若い後進の人たちが読まなくて良いことにはならない。先輩の至らなかった点を踏襲せず、古典からしっかり学んで、目の前の小鳥患者に向き合っていただければと願う。
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