
一時、神武天皇以来の性染色体が男系で受け継がれているとか、宗教に科学を持ち込んでドヤ顔する新興宗教のごとき人たちがいたが、あまりに非科学的なので、さすがに最近はその主張を聞かない。今現在は、男系男子が相続していた伝統を重視すべきだ、との主張になっているようだ(産経記事)。
「外国人らも含まれる民間人出身の皇族やその子が皇位を継ぐことになれば、126代にわたり例外なく父方に天皇を持つ男系(父系)で紡がれてきた皇統とは無縁の、「外国人らも含まれる民間人出身の皇族やその子が皇位を継ぐことになれば、126代にわたり例外なく父方に天皇を持つ男系(父系)で紡がれてきた皇統とは無縁の、「新たな王朝の創始者」が誕生するという現実をどこまで理解しているのだろうか」が誕生するという現実をどこまで理解しているのだろうか」
理解していないから、女系天皇を容認するのだろう、と信じて疑わないようだが、女系でも男系でもどちらでも良いと、普通の人は普通に思っているだけではなかろうか。「青い目の天皇でええのんか~」と脅されても、「それもステキねぇ~」と返されたらどうするのだろう?この際、男系ばかりに注目している人たちは、歴史的に女系が重要な役割を果たしてきたことも認識しても良いのではなかろうか。
そもそも、万世一系、男系による皇統の存続を語る際、よく例として語られるのが、6世紀の皇統断絶危機の際、遠縁の継体天皇が誕生した例だ。継体天皇は元々は有力な地方豪族だが、先祖が天皇でその男系に連なるので有資格者とされ、天皇として迎え入れられたと説明される。しかし、彼は男系男子だったとしても、それだけで正当性が認められたわけではない。24代仁賢天皇の娘、25代武烈天皇の妹である手白香皇女の婿になって、26代天皇になっており、事実上入り婿なのである。しかもこれは形式ばかりのものではない。続く27、28代目は継体天皇と別の女性の子が継いだことになっているが、次代はその男系男子には継承されず、29代目は、継体天皇と手白香皇女の男子が継承し、欽明天皇となり、その男系が今日の天皇家まで続いている。
つまり、27、28代目は正当な継承者である弟の成長までの中継ぎで、当時にあっても、重要なのは先祖以来の血脈にあり、それは、男系に限られていないことを明確に示している。何しろ、28代宣化天皇にしても、手白香皇女の妹を妻として、その娘である石姫が欽明天皇に嫁いで、30代敏達天皇の母になる。つまり、継体天皇の先妻の子の血統も、女系により天皇家とつながって丸く収まっており、古代の天皇家及びその臣下たちは、女系による血脈の伝承を重視し、特に男系を絶対視する気配は皆無と言える。
このような女系による血脈の継承を重視する意識は、ごく当たり前に現代まで続いており、男系にこだわる思想は、天皇親政の元で近代国家に生まれ変わろうとする明治政府が、「大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と大日本帝国憲法第一条に掲げたのは、特殊事情によるもので、共通認識を示しているわけではない。
もちろん、天皇の継承が男系で行われたのは事実であり、その伝統にこだわるのも無理はない。例えば、歌舞伎だ。これは、男性だけが演じる伝統芸能で、誠に遺憾ながら、女性が入ってしまうと江戸時代からの伝統が崩れて歌舞伎ではなくなってしまうという大前提がある。従って、基本的に男系男子が跡を継ぐ。市川團十郎の子はやがて團十郎になる、その子もまた團十郎になるだろう、と言う世界だ。この点、天皇家はご指摘のように連綿と男系男子が継承してきており、その事実を踏まえれば、天皇とは男子にしかなれないものだ、と見なすのが当然だろう。
ただし、それは男系男子以外は認めないと言う硬直したものではなく、女系、娘を通じた血縁の継承を伴っていることを忘れてはならないだろう。入り婿の形で婿が継ぎ、血縁は女系で継承している子が跡を継いで、伝統を守る。残念ながら子供を授からなかったら・・・。少しでも血縁のある子を探す。その際、男系や女系は考慮されないのが普通だ。
例えば13世紀、源頼朝と北条政子の息子たちが非業の死を遂げたのは、知られるところで、その際、京から皇子を迎えようとして果たせず、摂関家から養子を迎える事になる。選ばれたのは頼朝とわずかに血縁がある赤ん坊だが、別に血縁など関係ない。なぜなら、第一候補は天皇家の皇子で、頼朝との血縁など考慮されていなかったのである(なお、頼朝は源氏で、おそらく天皇家から枝分かれした男系男子)。
なぜ、考慮されなかったのか?男系ばかり見ていると気づかないかもしれないが、実は、政子の元に長男の娘(「竹の御所」)が養育されており、その子と今日下りの赤ん坊が成長したら夫婦にして、頼朝と政子のひ孫を産ませて、その子に将軍家を継がせようというビジョンがあったので、婿は高貴な家の者なら誰でも良かったのである(実際、夫婦にした。妊娠もしたが、残念ながら難産で母子ともに亡くなってしまう)。つまり、男系に対するこだわりなど、まるでない。もし、男系でなければ認めないとの意識があれば、孫娘に継がせれば良いとは思わないだろう。
例えば19世紀の松代藩藩主真田幸貫。この殿様、元は松平氏、それも徳川吉宗の孫で寛政の改革で名高い松平定信の息子、つまり、男系は徳川家康にさかのぼる人物で、真田家とは無関係だ。その人が、真田家の娘が嫁ぎ先で産んだ娘(完全無欠の女系)を正室にして真田家の養子になる。そして、残念なことに真田家の女系である正室との間で生まれた子供たちは、みな夭折してしまい、真田家から嫁に行った娘の子を養子に迎えるが(こちらも当然真田氏の女系)、またも不幸なことに亡くなってしまい、さらに女系で縁のある人を・・・探し求めている(結局頓挫する)。
男系へのこだわりなどない。と言うより、男系には支障がある。なぜか?男系男子は養子に出てしまい、別の家の人になっており、それを戻すことは通常無いからである。これも有名、桜田門外の変で討ち取られてしまった幕府大老井伊直弼は、十四男!どう考えても後継者になるはずがない立場だったが、藩主の兄に子がなく、後継者とされていた兄(十一男)が若くして亡くなってしまい、跡継ぎとなる。当然、他に存命の兄はいたが、他家の養子になっているので、選択肢から外れるのである。
このように、他氏族に転出した人の本家への出戻りは、ほとんどタブーとされ、それよりも女系が優先される。これは、天皇家でも同様、と言うより、そもそも天皇家の正当性を保つための習慣に端に発しているように思われる。ご存じのように、有り余った皇子やその男系子孫たちは、「源」や「平」を賜姓し臣籍降下させられる。そして、各地で豪族化するのだが、例えば10世紀に反乱を起こした平将門は、桓武天皇の5代目か6代目の男系男子で、その点、継体天皇と類似の立場だが、皇族から離れた者には皇位継承権は認められない。
もし、男系であれば皇位継承権の正当性が認められるなら、将門が新しい天皇「新皇」を称しても、無理はないが、他氏族になったものは無関係、としておけば、そもそも継承権がない他人扱いできる。つまり、臣籍降下には遠縁の簒奪を防ぐ効果があり、今現在、旧皇族を(本人たちにその意思があれば)復帰させるとの意見もあるが、それも一つの伝統破りで、皇統の簒奪の元にもなり得る。
男系にこだわれば危険も増える。一方で、女系での血統の継承は、一貫した日本の伝統と言える。「万世一系」の呪縛にとらわれず、女系を織り込める余地を、個人の人権、ご皇族であれ自分の人生を自分で決められるように、未婚であれ、民間人のと婚姻であれ、ご自分で選択していただけるようにすべきだと思う。
現在の皇太弟殿下は(皇嗣の宮様だが、歴史用語としては皇太弟)、ご長女のご結婚に難色を示しつつ「両性の同意」と、現憲法の規定を繰り返し述べて、結局のところ、個人の自由意思を尊重された。かくのごとく、日本の皇族の皆様は幸いなことに常識的で順法精神が健全な方たちばかりだ。わけのわからぬ昔のテーゼ(「万世一系」)で縛るより、基本的にはご皇族の皆さんでお決めになれるように、個人の自由と矛盾するようなことがないように、現実的な、そして未来の選択肢を広げる、皇室典範の改正が望まれる。
・・・、ようするに、明治ノスタルジーの連中は、まじめに過ぎるのだ。そして、歴史や現実から遊離している。男系ばかリに注目してお勉強してもわからないが、「親父(オヤジ)はたいてい娘に頭が上がらない」と言えば、だいたい皆納得だろう?徳川家康も娘には頭が上がらなかった。毛利元就など娘の言いなりと言ってもいい。源頼朝も又しかり。藤原道長もしかり、その畏友である藤原実資は娘を溺愛しすぎて(千古ちゃん!チコちゃん!!)、家を衰退させてしまっている。
孝謙天皇は、ほぼひとり娘で、当然のように未婚のまま天皇になった。苦労知らずのお嬢ちゃんに統治能力を期待する方がおかしいが、当人にも自覚があったようで、面倒なことは有能な親戚のお兄ちゃん(母方の従兄)藤原仲麻呂に丸投げして、あくまで想像だが、こたつでおせんべいを食べながら猫の世話をするような気ままに生活を続け、言われるままに755年に退位し・・・、てから自分の立場に気づく。アラフォーの独身子なし、頭の上がらなかったやり手のお母さん(藤原光明子。気弱な夫を上手に操り、使える弟たちを酷使して国政を主導しているが、表面的には慈善事業に力を入れて裏方のように控えめに振舞う)も760年に亡くなってしまう。・・・ひとりぼっち。仏教の教えにはまり、「推し」のお坊さん(道鏡)を引き立てるため?実権を取り戻すことにして、自分をないがしろにしている(ような気がする)従妹のお兄ちゃんと現帝をあっさり踏みつぶし(この辺りに母のDNAを感じる。根回しがうまいように思われるが、日本史上で最も賢いお爺ちゃんである吉備真備の助言を受けていると思われる)天皇位に復帰する。
当然のように、政治は爺(ジイ)に丸投げして、道鏡「推し」を続けて世間の顰蹙を買っている、ように言われ、後代の評価も散々だが、21世紀の我々は、この中年のお姫様の行動をごく自然に受け止められよう。伴侶と見なす相手を自分と同格にして何が悪いのよ!だ。
中年女(当時としては老年)の推し活動は、それを阻もうとする相手に「和気清麻呂なんてきれいな名前は似合わないわ!別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)がお似合いよ!!」などと悪態をついてはいるものの(本当の話)、おそらくジイの行き届いた保護の元で(道鏡とも和気清麻呂とも示し合わせていたに決まっている。二人とも、ののしられたり、女帝の死後追放?されているものの死に追い込まれることはない)、国政レベルでは暴走せずに770年に亡くなった。
遺憾ながら、孝謙天皇のような生き方は、現代のご皇室には許されない(私は威張りん坊のお嬢様天皇は人気者になると思うのだが・・・)。しかし、自由を奪うことは出来ない。それが伝統であれ何であれ、個人の自由を尊重しなければ、民主主義国家の大前提が崩壊する。
となれば、歌舞伎のように、伝統に重きを置いて幼児の頃からしっかり学んで自覚を育て、自然に大役を担ってもらうようにすべきだろう。男系だから良い、伝統だから良い、などと短絡して選択肢をせばめず、男系の伝統は伝統として尊重しながら、その伝統の下でしっかり育った方が天皇陛下になって、次代につながっていくように、女系も排除せず、未婚も排除せず、しっかり役割を果たす伝統を積み重ねてもらえるようになるように、期待したい。
で、期待されるのはタイコちゃんだ。藤原実資の娘チコ(千古。本来は「千古の昔」の意味だろうから「センコ」ちゃんだと思うが、チコちゃんにしろとNHKに言われた気がしたので、そうした)ちゃんに対抗して、「太古」と言いたかったが、理由付けが思い浮かばなかったので、漢字にするなら「泰子」ちゃん。
この子の男系は・・・、父はタイシ様だから、その父はチョロで、チョロの父は名無しのシルバーだが、母はヨッチの娘のコッチ。女系は母サフォの母はモモでその母はわからないが父はコビィの息子だ。サフォの父エモの父はヨッチの弟ジュンで・・・。
男系女系と分けないと、複雑でわけがわからなくなると言うけれど、複雑になってこそ血統は維持される。男系なら男系だけで考える方が不自然で、血統の維持としては、おそろしく難しいことになる。我が家では男系男子にも、母をたどる母系にも限定しようとは思わない。それが普通で自然だからだが、もし男系に絞れば(性染色体の継承なら、文鳥の場合、母系にする他ないはず)とっくの昔に断絶していただろう。男系男子を多く抱えるのは無理だからである。
第一、性別がわからないので、ヒナの段階で跡継ぎを選べない。そして、偶然残ったのが女の子で、案外かなりな変わり者に育っている。つまり、当たり、である。なるようになる、性別なんて知ったことではない、文鳥ではこれが一番だろう。
