「ピンコロ」「ネンコロ」保険はいらない

保険も病院もノーサンキューでも「一日伸ばし」のケースあり(さっちゃんは頑張ってる)。

 動物保険会社アニコムの「家庭どうぶつ白書 2023」によれば、鳥の「人気の品種」(鳥の中の品種ではないので、動物種、せいぜい種類としなければならないが、犬猫と同じ感覚のようだ)は、1位セキセイ29.7%、2位オカメ18.5%、3位ブンチョウ13.4%となっている。しかし、「アニコム損保の保険契約を開始した鳥10,863羽において、全体に占める割合」を示したに過ぎず、飼育数の実態を反映してはいない。例えば大型インコのヨウムは157羽で全体の1.4%、10位にランクインしているが、1000人に14人も飼っているわけがあるまい。もし、それほど存在したら、乱獲で野生の生息数は激減し、日本のマンション街が野生の叫びに満ちることになるだろう。つまり、ヨウムの飼い主にとって保険は重要不可欠で、加入する比率が高いだけである。

 ここで小鳥の飼育者が注目すべきは、サンプル数が24例と少なすぎるが、「鳥」のケガや病気の治療費は、年間7,488円に過ぎず、うさぎ25,122円、ネコ約3万円、イヌ約6万円とは格段の差がある点ではなかろうか。そして、その保険に加入して熱心にアンケートに答える飼い主のペットたちだが、犬猫は5歳ほど、ウサギは2.7歳なのに対し、「鳥」は1.7歳となっている点だろう。つまり、営業のためもあって、種類による違いを無視したチェーン店のパート店員たちの勧誘により、ヒナを購入する際に保険契約をしてしまい、普通に無病息災なので、壮年期に保険をやめてしまう小鳥、セキセイインコ&文鳥の飼い主が多いのだろうと、私は推測する。
 そして、せっかく資料を提供してくれた保険会社には申し訳ないのだが、結論を言うなら、文鳥を飼育するに際して保険はいらない、病院に行く機会が稀だから、となる。
 この保険会社の示す調査は、犬猫において、高齢になるとともに体調をくずす機会が増え、それに対しあわてて治療しようとして、経済的な負担が増えることも示してくれている。「犬の年齢別の年間診療費」の1歳時に約2万円(中央値)だったものが、6歳で約4万円、11歳で約11万円、15歳で約16万円と右肩上がりに増えていくのである。これを以て、「老齢の病気の備えに保険を!」となるのは自然な流れのようだが、はなはだ遺憾ながら、私はそのようには解釈しない。老いて死ぬのは自然の摂理で、一日でも長く生きることなど不自然なだけであり、それを理解できていない人が、人の場合同様に、「一日でも長く」という『日本の常識』(=世界の非常識)に取り憑かれ、右往左往する飼い主の気持ちに寄り添うとして、高額な医療をしているだけ、と見なす。

 ペット動物の医療は人間の医療技術を参考にする面が強い。人間の延命治療技術をそのままペットに当てはめて、一秒でも息をするように心臓が鼓動するように処置しようとする。しかし、そういった努力をする人は、生き物には定命(寿命)があり、それぞれに違うことを認識しているのか、私は甚だ疑問に思っている。80年生きる生き物の延命技術を8年しか生きない生き物にそのまま当てはめて良いものだろうか。ごく単純に考えれば、80歳を1年延命させるのと同じ処置が出来たにしても、8年が定命の生き物に対する延命効果は1ヶ月にも満たないのである。
 ただでさえ動けなくなって不安な気持ちで生きている老齢のペットを、知らないところに連れまわし、知らない人に診察させ、まずい投薬を強制し、安らかな日常を破壊するなど、私はむしろ正気の沙汰ではないと思ってしまう。
 もちろん気持ちはわかる。骨折した文鳥を小動物専門の動物病院に連れて行ったら、待合ではハムスターか何かそんなげっ歯類の類が体温低下し死にかかっていて、温めようと大さわぎであった。繰り返すが、気持ちはわかる。私にしても、ゴールデンハムスターなら「小学生の時に飼ってた」。かわいいことくらいは分かっている。が、彼らの寿命はせいぜい3年だ。大騒ぎするより、家で一生を全うさせてやった方が、はるかにその子の気持ちに添えるのではなかろうか?病院に行くお金は、気の済むような弔いと、しっかり看取った満足感の中で、おいしいものでも食べた方が良いのではなかろうか?と思ってしまう。

 人でさえ、「苦しまずにぽっくり死にたい」「誰の迷惑にもならずに寝ているうちに死んでしまいたい」などと、口癖のように言い、ピンピン元気でコロッと死ぬ(ピンピンコロリ、略して「ピンコロ」)を望み、そうしたご利益?がある神社やお地蔵様が信仰の対象となったりする。ところが、平均寿命を延ばすのが好きな日本の医療はそれを許してはくれず、不健康長寿(寝たきり状態で生きている「ネンネンコロリ」)になり、なかなか希望通りにはいかない状態となる。
 ペットの場合、飼い主に決定権がある。飼い主が日々に接するペットたちの最期をしっかり考えて、それでも1日伸ばしを望むならそれで良い。しかし、ピンピンコロリがより自然であり、当たり前であるどころか、欧米のような苦痛を与えないことを優先させる文化では、安楽死が普通に選択肢として提示されると言う事実を、わきまえた方が、気持ちが軽くなるケースも多いだろう。

  ウチのサチィなどは、欧米人ならかわいそうだから安楽死を考えるのではなかろうか。しかし、私は自然死するのに安楽死などさせる必要はないし、そもそも痛みの感覚は人間と違うはずなので、同じように考えている欧米の考え方はやがて否定されると思っている。
 特に被捕食動物は、自然界では生きながら食べられる最期が多いので、痛みを感じ続けてはいられないだろう。おそらく、脳内麻薬が大量に分泌されて痛覚を打ち消してしまうので、人の感覚で活け造りはかわいそうとか生きながら茹でるべきではないとか、文化人ぶった見当はずれな議論と科学的に実証されるに決まっている。
 サチィのような長患い的な症状では、痛みを感じていると言うより、ひたすらかったるい感覚で、それを苦しんでいると見なすか、生きるために頑張っていると見なすか、で、私は頑張っているのに死なせることは無い、むしろ人の勝手な判断で死なせることは無い、何しろその頑張れる期間は人間に比べてはるかに短いのだから、と思っている。

 人と同じように考えたい。しかし、定命はそれぞれの生き物で異なる現実は変えられないので、同じであってはならない。「ピンピンコロリ」で親思いを実行してくれても、「ネンネンコロリ」で親孝行してくれても(片手で持てる生き物の介護など楽。手間かけたいのが親心)、しっかり受け止められるように心がけたいものである。それが、ペットロスの保険だ。

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