「リテラ」と言えば、左派の主張をするところで、安倍晋三を憎悪するばかりだった印象なので、私は近づかなかったが、今日になって、私の天皇陛下の男系男子継承に対する考え方に、共通する面が多いことに気づいた(こちら)。意外だ。違いは、彼らが安倍晋三や高市総理大臣を、私の言うところの「明治ノスタルジスト」の首魁のように扱って、問題の元凶のように指弾する点だろう。
私は、安倍にしろ高市さんにしろ、政治家なので、政治のことを考えていればよく、歴史や文化に対する造詣など、一般常識レベルで良いと思っている。はっきり言えば、学者先生の講義を聞く学生程度で、特定の学者先生の影響を受けているだけだろう?もし学者なり言論人のように批判的に検討する時間があれば、しっかり休んで政策の議論や外交交渉に備えるのが政治家だ。皇室の成り立ちを、徹夜で勉強する必要などない。
カゴイケとか言う教育勅語が好きな幼稚園の園長先生が、安倍晋三の妻に取り入って便宜を期待したという話もあったが、右派にせよ左派にせよ、「敵の敵は味方」などと考えない方が良いかと思う。「敵の敵でも敵は敵」であり、個々の問題で最も必要なのは、論理的整合性に相違ない。その点、残念ながら、本当に誠に遺憾ながら、男系男子にこだわる人たちの主張は、およそだらしない。「慶応大学講師」という肩書で行った、竹田恒泰さんの講演内容などを読むと(こちら)、がっかりを通り越して気持ちが悪くなる(。
「血統の原理も理屈で説明することはできない」
「特定の目的のために作られたものよりも、深く、複雑な存在理由が秘められている」
お言葉ながら、原理や理屈を究明し説明するのが科学である。それを放棄したら、学者ではない。竹田さんが大学の講師として語るのなら、やはり学者として、無理にでも理屈付けが必要だろう。彼だけではないが、男系男子継承に何かあるはずだと勝手に妄想し、およそ非科学非論理的な神武天皇Y染色体起源説を安易に乗り、それがおかしいと気づくと、歴史上の牽強付会を始め、知ったかぶって、およそ見当違いの議論を始める。結論から言えば、伝統に固執し、それが良いものだと思い込み、それの継続のためなら、現実を無視して良いなどと、世間知らずが甘く考えているに過ぎない。
現実が先にある。英国の王室は王朝名を婿の姓にするなど、男系男子に対してのこだわりが顕著だったが、今や、王朝名を変えなくなった。意味があろうとなかろうと、王位継承に男系男子優先の規定があろうと(以前の国王が定めた男系男子優先の考え方が英国にも存在する)、今現在の男女同権に合わなければ捨て去るのだ。日本だけが固執できる理由が必要なのである。
アニメ『うる星やつら』のクラマ姫を思い出した。うろ覚えだが、眠りを覚ますキスをした男と子作りする伝承があり、それがいつからのものか、先祖代々に尋ねて遡っていったら、初代まで行きついて、実にくだらない理由だったと判明する、というオチだったかと思う。・・・そのようなことも多いはずだ。
ところで、なぜご皇族が田中君と結婚したら、その家は田中さんになるのだろうか?それでは、イギリスの王朝名と同じだ。一般社会では、婿入りした家の姓に改めるなど、ごく普通であり、娘の婿に店を継がせるなど、江戸時代の大阪商人ではスタンダードである。出来の悪い息子に継がせるより、出来の良い人を婿にした方が、はるかに「お店(たな)のため」、という合理主義にも適っている。
三井なり鴻池なり、娘の婿に番頭の一人である田中さんを迎えたら、屋号は『田中』になるであろうか?おそらく、それがため、イギリスは王朝名はウィンザーのままで、マウントバッテンにならなかった。長い歴史で、初めてのことだ。「うちらは変えた、変えざるを得なかった。あんたらはどうするのだ?」
そこで、私は片手間ながら一所懸命考えたのだが、結局、『天皇になる女性は未婚であらねばならない』という不文律くらいしか見いだせなかった。しかし、そのような不文律、個人の婚姻の自由の前では過去の遺物でしかないだろう。
悠仁親王殿下までは、すでに決まっているので仕方がない。で通せる。しかし、その次はそうはいかないだろう。過去ではなく、未来に通用する理屈が無いのなら、男系男子でなくても天皇の価値は損なわれないことを、今からしっかり認識すべきだと思う。
万世一系を考え付いた岩倉具視は、外国との交渉のためなら、まげを切った。あやふやな伝統にしがみつき変われないようでは、左派の論理攻めに屈することになるだろう。学者だと思うなら、理屈で受けて立つ覚悟をしてもらいたい。
