
愛知県名古屋市に近隣した弥富市と言えば、白文鳥発祥の地と又八新田のお百姓さんたちが自称したが、実際は、おそらく弥富系の白文鳥が明治になって突然変異で誕生した特殊な白文鳥で、江戸時代に存在していた白文鳥とは別系統と、「やなぎす」さんの研究を基にして分かった。
白文鳥の発祥地ではないが、弥富系の白文鳥、桜とペアにすると白と桜が生まれる系統の発祥地、である可能性が高く、昔は生産するお百姓さんがたくさんいて、出荷組合まであり、全国に文鳥のヒナを流通させてくれたのは事実、つまり、文鳥の「メッカ」ではあったのである。
先頃、名古屋の人が新幹線に乗ってはるばる埼玉県まで、白文鳥のヒナを迎えにいらっしゃった。もちろん、私は、弥富の周辺では扱っているところはありませんか、と尋ねたのだが、以前繁殖農家から譲っていただいた経験もおありで、いろいろ訪ね歩いた末、とのことであった。・・・元出荷組合員も飼育できなくなり、自家繁殖していた某専門業者はオカメ専門になり、やはり自家繁殖していた近隣の某小鳥店は・・・、グーグルマップを見る限り廃墟も同然だ・・・。
近隣の佐屋高等学校のお嬢ちゃんたちは頑張ってくれているようだが(こちら)、困難な道である。
私は、白文鳥同士から白文鳥しか生まれない系統があるなら、それに統一するのが当たり前と、昔から思っているし、実際、台湾産をベースに試験場がその方向を提示していたので、生産の衰退がなければ、弥富系は消滅していたとみている。畜産業であれば、種鳥の品種交代などごく普通なのである。
従って、今現在、ウチの21代目が弥富系の白文鳥でも、それが弥富系でなくなることに何のためらいも感じないが、弥富にはストーリーがありそうで、無くても創造できそうなので、弥富の白文鳥信仰みたいなものは残ってもらいたいとは思っている。
そう、歴史、ヒストリーが好きな私は、歴史の中に人間ドラマのストーリーを見出して、もしくは妄想するのが好きなのである(そうでない歴史家も多いが、そんなのポイである)。弥富の場合は、大島八重がいたのである。私の妄想の中では、彼女は犬山藩の武士の家の奉公人で文鳥の世話も受け持ち、主人一家から大切にされて、「やえじょ(八重女)」などと呼ばれていたが、幕末維新の動乱の中で日常の継続が困難になってしまい、当時としては晩婚となるが、主人と縁のある名主クラスの家に嫁ぎ、そこで主人からもらった文鳥を一所懸命育て増やして、近隣の百姓に分けて、弥富の文鳥生産の礎を築いた。ことになっている。
・・・実際はどうだったかは、おそらく永遠にわからない。大島さんの本家は戦争で途絶してしまったかもしれず、伊勢湾台風で記録類は散逸したかもしれず、周囲の百姓にしても、代が変われば事情も変わるだろう。
白くする遺伝子が、弥富の因子である必要などない。今現在、弥富出身の文鳥を先祖に持たない文鳥など、おそらくほとんどいないはずだ。であれば、弥富は白文鳥どころか(飼鳥としての)文鳥の発祥地と言っても、噓にはなるまい。
大規模生産など、飼育環境としては褒められたものではないので、そのような伝統は消えてなくなれば良い。文鳥と縁のある地域の伝統だけは残ってもらいたいものである(努力義務として十軒に一軒は文鳥か金魚を飼育しろ!と市議会で法制化してしまえば良いのに、と思うんだけどな。話題性だ、地域おこしだ、何でもありだし誰の迷惑にもならないだろう)。
で、マダラか。この文鳥は、滋賀産だったか?で送ってもらった3姉妹のうちの1羽で、まだらなので売れ残ったと言うより、マダラなので売れ残らせた文鳥だ。繁殖実績から、弥富系白文鳥だ。
ほっぺに血瘤ができて、余命わずかと思われたが、今は余裕で換羽している。何度か出血、時に大出血した右頬はクレーターとなり、無くなりはしないが悪化もしないでいる。病院など行っても治らなかったどころか死んでいたと思うのだが、放っておいても死なないこともあるわけだ。よくわからないが、長生きしていただこう。
