
NHK大河ドラマ『豊臣兄弟』は見ている。まだ、内容がお遊戯のようだが、若い俳優さんたちにわざとそうさせている感じで、だんだん凄味が出てくるのではないかと思っている。
で、織田信長が「天下布武」を唱えた際の、「天下」は五畿内(京都周辺の五か国)のことで、信長が目指したのはあくまでも足利幕府を支えて京都政権を再興することだ、とドラマの前で解説していたのだが、これはおかしい。もちろん、三好長慶の畿内政権を念頭にしてそのような理解が歴史学会で流行っているらしいことは知っている。信長の前に日本全国の支配を目指した者などいないのだから、信長にしても、まずはお手本を三好長慶に求めるのが順当だ、とするのも理解はできる。しかし、彼の行動は最初から最後まで畿内政権など目指してはいないではないか?その歴史的事実からみて、最初から全国制覇を目指していたとしか、私には思えない。
即、越前朝倉打倒を目指し、但馬から中国地方をうかがい、甲信一帯の武田氏を壊滅し、中国方面に羽柴秀吉、北陸方面に柴田勝家、関東方面に滝川一益、四国方面に丹羽長秀・・・、どこをどう見ても全国制覇以外に眼中にない。地域勢力を温存し、足利将軍家の元で平和を享受しようなどと、夢想すらしていない。すべての地域勢力を叩き潰すつもりであり、毛利も上杉も島津も長宗我部も、信長政権が続いていれば存続していたかはなはだ怪しい。それは最初からそのつもりでなくて何だろう?
武力による全国制覇など、フツーの日本人は考えなかった時代に、彼、信長は「岐阜」で天下布武を宣したとされている。岐阜とは中国の岐山にちなんだものだ。その中国では、始皇帝も漢の高祖も、それこそ天下布武を実践しているではないか。いったい、岐山にちなんだ地名を選ぶような男が、どうして中国の皇帝の事例に倣わないでいられるだろう?
稀有が壮大なので、異常な天才という他あるまい。「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」、所詮凡人、もしくはそれより視野狭窄になりがちな歴史学者が、狭い料簡で天才をはかるのは無理がある、と思う。
ウチの「燕雀」。たくさん増えればたくさんなくなる法則で、空き待ちなのだが、サチィには法則が当てはまらないようだ。・・・、ま、結構なことだ。

