
ヒナが居残る状態なので、産卵の抑制をはかりたいのだが、「それは無理」である。なぜなら、産むのが当たり前だからだ。
生き物は繁殖して子孫を残すために存在している。もちろん、それは生き物としての宿命であって、それに従う従わないは個人の自由だ。ただ、生き物は繁殖が出来なくなれば、あとは「余生」に他ならない。何度か書いているかと思うが、繁殖が終われば死んでしまう生き物の方が多いという厳然たる事実を見ればそれは否定しようがない。
哲学的なことは置くとして、文鳥の飼い主が産卵を恐れるのは、経験不足や情報の偏りからくる無知に基づき、産卵は無理なく抑制できる、と安易に考えている点にある。しかし、実際は、自然の摂理に反することなので無理なのである。
もしかしたら、飼育などしたことがなく座学の不十分に過ぎる認識を基にした知ったかぶりをするわりには、先人の知見を無視してヨウ素過剰の薬害を引き起こし、恬として恥じないような奴ら、何の問題もない健康な文鳥にイソジンのうがい薬入りの苦い水を強いて、挙句が呼吸器症状で苦しみのたうち回らせながら、自分の失態に気が付かないような奴ら、それらが産卵抑制と称して、金をとってホルモンの調節のために投薬などをすすめるかもしれない。しかし、おそらく、ホルモンバランスを崩して取り返しのつかない事態になるケースも多いだろう。その治療法についてのエビデンスも明示できないまま、臨床医の無責任な当てずっぽうのような行為は、犠牲者を増やすことになるのは自明の理である。犠牲になる無知な飼い主は、通院などしない方が当たり前だとも気づかず、数年の通院で精神的にも経済的にも疲弊して飼育などやめてしまうことだろう。
日本における文鳥の繁殖シーズンは、おおよそ10月初めから6月初めだ。つまり、日が短く寒い時期だ。これは何を意味するかと言えば、日が長くなれば繁殖期となるのとは真逆で、むしろ、日の光の長さとは無関係に繁殖していることを示している。
なぜか?文鳥に訊いてもわからないだろう。日本の四季に合わせる際にそれが自然なだけで、個々の考えとは無関係だ。ただ、推測は可能だ。文鳥にとっては、いつ繁殖するかではなく、いつ繁殖できないか、が問題で、日本では、換羽をする適期が夏なので、それ以外が繁殖期になったと推測できよう。したがって、室内空調の元では、本来あるべき姿の年中繁殖にもどっただけ、とも言える。
そのように、何年か繁殖させていれば自明のことを、経験がなく座学だけの者は、鳥種によって違うという前提もわきまえずに、いまだに、照明をつけたり消したりで産卵を抑制できるなどと思っている。どうして、無知をわきまえないで、余計なことを言い散らし、他人の持ち物である生命をもてあそべるのであろうか?(答えはバカだから。文句があるならソクラテスに言いなさい)
そこまで考えれば、文鳥に卵詰まりが多い、とされた理由も見えてくるだろう。つまり、繁殖する時期が寒かったのだ。・・・なんと簡単な結論であろうか!
日本における昔の飼育繁殖環境は、半露天と言えるものだ。隙間風の入りこむ農家の掘立小屋の薄暗い中に、木製の飼育箱を重ねたようなところだったり、庭籠(庭箱・にわこ)という、木製の入れ物を、その名のごとく庭に置きっぱなしだ。つまり、下手をすれば産卵しなくても凍死するようなところで、繁殖していたのである。
寒いに決まっているだろう?ではどうなるか、産卵には筋肉の収縮が必要だが、寒くて凍えた状態では収縮が滞る。となれば、卵詰まりになるに決まっている。しかも、母屋から離れた鳥小屋なりなんなりでは様子をしっかり見て取るのが難しいので、発見が遅れて亡くなってしまうことにもなる。
では、翻って、21世紀の今現在、産卵を恐れる経験不足の飼い主の皆さんの飼育環境は、そのように寒い室内か、毎朝様子を見ずに済ませているか、経験なしで、無責任な主観だけ、もしくは聞きかじりの情報をもとに想像を巡らせる前に、原始どころか化石時代のような昔との違いをご認識いただきたい。今は、産卵障害が起きにくい環境で、比べ物にならないことに気づくのではなかろうか。なぜ、自分の文鳥のために賢くあらねばならないあなたが、原始時代の環境に合わせて今現在の心配をしなければならないのだろうか?
いにしえより、文鳥は「産卵が重い」とされていたが、それは熱帯原産の小鳥が、温帯原産でも産卵しないような冬季に産卵するリスクを想像すらできなかった原始人の戯言に過ぎない。別に特別に重たくないのである。冬の寒さへの配慮が飼育原始人に足りなかったに過ぎず(繁殖小屋でさえストーブを設置しているところもあるが、「無加温」などと保温しないことが正義だと思っているような「文化」すらある)、飼育経験もないくせに能書きを垂れたがるような者が、鳥種の違いも昔と今との環境の違いもわきまえず、余計な差し出口をしているだけである。
もし、愛する手乗り文鳥の女の子が、朝方、羽毛を膨らまして苦しそうにしていたら、あわてて病院など探す前に、部屋を暖かくしなさい。余計なことをしないで見守りなさい。その状態を気づいただけでも、「原始人」よりはるかに立派なので、自信と余裕をもって念のため獣医さんに診てもらう準備をして、午後に診療を受ける準備だけはしておきなさい。
獣医さんと言っても、たいていは鳥など触ったことがなく、「鳥も診ます」と言いながら、たかが脚骨折の治し方も知らず、「ミニペットの専門」でも片手で持てる小鳥のテーピングに3人がかりだったり、頼りないどころかわざわざ死なせに行くだけになってしまう可能性もあるのが現実なので、慎重に選ばないといけない。さらに、小鳥の専門を称する病院ともなれば、その症状を治すことばかり考えて、その子と暮らすことを考えないような、医療過剰を引き起こしがちなので(私はヨウ素過剰を防げなかった人たちの専門性など尊敬に足らないと思っているし、そうした先学の教えを学んでいない前科者たちが、非常に繊細で危険なホルモン療法など操れるとは信じない。もちろん個人的見解だ。イワシの頭でも信心する人に文句を言う気もない。だまされたようなものでも、せいぜい数年気づかなければ満足できるだろう)、詰まった卵を取りだすこと以外の治療も能書きも拒否するのが正解かと思う。
ただ、30年21代のベテラン飼い主にして、やろうと思えばできるだろう詰まった卵を総排泄口から出す手技を、マスターする必要がないほど、原始時代の環境でない限り、卵詰まりで死ぬような事態はない。もちろん、卵詰まりは起きるが、午後にはケロッとしている。それが普通なのである。
産卵については、「文鳥ライター」を自称していた伊藤美代子さんが、飼い主を伴侶と見なした1羽飼育のメスの産卵が危険として、四半世紀ほど前に警鐘を鳴らされていたが、はっきり言って、原始時代の認識に基づいた不見識である。
卵は産むに決まっているもので、普通は卵詰まりにはならない。もし、卵詰まりが危険なら、それが起きにくいような環境や体力を持たせることを啓発すべきだったのに、卵を産ませないための不自然な努力を推奨し、ましてや、オスの飼育を推奨し、メスが飼育に適さないような誤解を与えるなど、あってはならない話だと、私は思っていたし、今はさらに強くそう思っている。
彼女は、飼い主が卵を見て自分のことを愛してくれていると喜ぶ姿を、無責任で文鳥の健康を犠牲にする飼い主と見なした(そういう漫画をHPに掲載されていた)。もちろん、繁殖としては無精卵で意味がないので、産卵のリスクを減らす努力はすべきだが、愛でる行為を禁じて手乗りとしての存在を否定して、どうして手乗り文鳥が幸せでいられるか、文鳥の身に立って考えているとは思えない。
好きな相手の卵を産むのは自然で、若いメスなら産まない方が不自然なのである。子孫を残すために生まれ育って成熟してそれを実行して、何が悪いのであろうか?また、愛でて育ててスキンシップをはかって伴侶としてのきずなを築いた飼い主が、どうして罪悪感を持つ必要があるのか?安心して産卵抱卵できるように環境を整える方が、よほどあり前ではないか。
所詮、産卵など3年か4年である。その間、自然の摂理に反すべく、食事制限をしたりストレスをかけたり怪しげな薬を与えたり、およそエンリッチメントなど考えない行動をして(エンリッチメントとは本来は飼育下でも繁殖が出来るような自然に則した環境を整えることである。繁殖行動を自然の摂理として認めそれが出来るように自然から学ぶものと言える)、誰が喜ぶのであろうか。
3、4年の産卵で体力が消費しないように気を付けて、余生をおだやかになるべく長く伴侶として過ごす。これが、特に1羽飼育の手乗り文鳥の飼い主の目指すべき方向性ではなかろうか?逆のベクトルを盲進して、手乗りではなくなってスキンシップも出来なくなった不幸な文鳥をつくるなど、以ての外とわきまえるべきだろう。
結論。産卵するのは当然、産卵させないのは不自然。あやふやで危険性の高い方法で産卵を抑制する努力をするくらいなら、産卵しても健康を損なわないような飼育をすべき。である。スキンシップ?交尾を連想させる撫でまわし?伴侶なら当たり前だろうが??
