
虫歯である。
数年前、あちらもこちらも、と1年がかりですっかり治って、その後1か月に1度の頻度でクリーニングを受けていた。虫歯予防のためだ。歯科衛生士か何かなのだろう「看護師長」的な人が、毎回、歯間ブラシの使い方とか何とか説明してくれる。だが、虫歯の痛みを感じたのが1年ほど前、ところが院長ではない一時的勤務医らしい人は、「知覚過敏」と診断した。そのようなものになったことがないので、虫歯としか思えない痛みだが、「知覚過敏」とはそういうものなのだろう、と考えた。何しろ月に1度は見ているのだから、虫歯があればわかるだろう・・・。
おかげさまで、右サイドも左サイドも悶絶するような痛みに見舞われ、それでも歯間ブラシがどうのこうのとしか言われないので、「知覚過敏」なのだろうと、バファリンで乗り越えてしまったのだが、先日、レントゲンでしっかり虫歯だったことがわかり、東北大学卒の割には話し方が砕けている院長の陳謝を受けその治療となったわけだ。
初めからあまり信用していないので、別に文句はない。
ところで、小鳥にも健康診断が必要などと言っている獣医さんが、勤務医なり研修医にそれをさせていて、それで正確な診断ができると思える感覚が、私にはわからない。人間と違って、精密な検査はほとんど出来ないので、視診が中心になるが、それこそ経験によるところが大きく、毎日見ているまともな飼い主以上に異常を発見できる人など稀である。名医は数多くの患者を診て、それぞれの様子との比較から異常を探知するだろうが、それは場数、臨床数、つまり経験がものを言う。つまり、院長にはわかっても研修医などにわかるわけがない領域なのである。ようするに、誰が診ても同じではないのに、多少は経験を積んでいるはずの院長以外が診るなら、そのような健康診断は無意味であり、意味があると言うなら、院長の経験そのものが無意味になってくる。
いったい何を有難がっているのか、オーナーの自覚を持って、文鳥の負担を減らす努力をしなければなるまい?院長先生を信頼しているなら、他はノーサンキューがセオリーではないのか?
なお、念のため断っておくが、私が「経験が全て」を、頑迷な小鳥屋のおじいちゃんが自分の経験でしか物が見られないのと同一視しない方が良い。根が深いのである。どう深いかと言うと、例えば、昔の著名な哲学者、西田幾太郎が「個人あって経験あるにあらず、経験あって個人あるのである」と書いている、などと言いたくなる。もちろん、高校3年生の時に東洋大学の哲学科の推薦など無視した私は哲学者ではないのだが(哲学科は人気が無くて、確か推薦基準が5段階で3.8だったかと)、経験によってパーソナリティは形成される、と言う考え方には同意できる。
経験は人間を作り上げ、飼育面でもそれによって飼い主のあり方は変わるし変わっていく・・・。
ギンミも大きくなった・・・。場所を作らないと・・・。「文鳥団地」にいてもいなくても同じの者を繁殖部屋に・・・。最近やたらおとなしくカゴから出なくなったモコと出ては来るが何もしないコジマを引っ越しさせて、そこにエールを移して、エールの位置にギンミ・・・、で、たくさんヒナが生まれてたくさん売れ残りそうなので、小さなケージに1羽ずつ入れて、手乗り状態を維持する・・・。
経験のないことを、また経験していかねばなるまい。
