飼わない座学に意味はない

 今朝、海老沢和荘さんの『文鳥のヒミツ』(2021年グラフィック社)を発掘した。「小鳥専門医による、初の文鳥本」とあるのだが、小鳥治療の専門家で鳥のことなら何でも知ってる物知り博士、昔で言えば宇田川竜男のポジションを目指しているように傍から見れば思われる著者は、「ハンドリング自然育雛」と称する育雛方法を「新提案!これからのヒナの育て方」とした(P120 )のは、全体の知識が浅知恵ではないかとの疑惑を呼ぶ結果となった。「オレって物知りじゃね?すごくね?」である。
 アマゾンなどでの書評は、何か洗脳でもされたのか、1代で飼育をやめる予備軍のような人たちの無責任な賛辞が並んでいるかと思うが、この手の上辺知識がまねく惨事を事後に相談される機会を多く持つ者としては、はなはだ迷惑に思えてしまう。
 どうでも良い知識を「ヒミツ」としてならべ、標準的なものでは文鳥のような活発に動く小鳥では低エネルギー症を招く疑惑が濃厚なペレット(ペレットメーカーは栄養価が2倍の自社製品を勧めている。詳しくは『ペレットはむかな~い!』参照)を小売りする店の経営者らしくその宣伝をするのは、もはや気づかない方が不見識と言えるが、それは、私も気づいていない6年前の本なので良い。他はまだ許せる中、私が本棚に入れずにテキトーに置き去りにしてロストするほど「駄本」とする原因は、文鳥の繁殖方法についてのご意見にある。
 海老沢さんは「私と文鳥との出会いは、高校1年生のとき」で、テストの成績次第でお小遣いをくれる素敵なママンからの報奨金で手乗りヒナを買って育てたそうだ(テストの点数で小遣いをくれる、なんてうらやましいママゴンだろう!私は、高校の点数なんて親に見せた記憶がない。小遣いをくれるならせっせとお見せしたのに!!)。ツンデレに育ったそのブンタくんに、いろいろ教えられたという。それは結構なお話だが、現在飼育している気配はなく、文鳥を繁殖させた経験があるのかさえ分からない。そのような、繁殖の専門家サイドから見れば、何も知らない素人の一人に過ぎない著者が、なぜしたり顔で繁殖方法の提案などできるのか、私の理解できないところだが、ともあれ「ハンドリング自然育雛とは親鳥にヒナを育てさせ、日に数回ヒナを巣から取り出して人が触ったり、挿し餌(原文ママ。医療従事者は挿管など「挿す」が日常語だと思うが、通常は「差し餌」である。口に挿す便利な給餌器【コバヤシ印の育て親】やパウダーフードをシリンジで口に挿して与えるようになる以前は、スプーンや竹べらで差し上げていたのである)の手伝いをすることです」とある。だが、ご自分でブンタくん十何世に実践しているようには読み取れない。一方で、そのような親鳥と飼い主が共同で育雛する飼い主の話は・・・20年前には私も聞いている気がする。つまり、患者の飼い主さんから聞いた話ではないかと思われるのだが・・・。
 ・・・で、誰の話かは不明ながら、それが「自然」ではないのは明らかだろう?通常、文鳥という生き物は夫婦で子育てし、巣に他の者が立ち入るのを嫌う。神経質な場合は、飼い主がいじっただけでも巣離れを起こして育雛放棄することもあり得る。したがって、なるべく手を触れない、が文鳥繁殖のセオリーであり自然と言える。実体験された飼い主は、その文鳥にとってどのような位置づけとして認識されているのか不明だが、差し餌のお手伝いを許すのは、両親ともに飼い主を「コイビト」認定するほど親しい手乗りくらいなものだろう。つまり、その家庭の飼育環境の特殊性と個々の性格が合致しなければ、成功はおぼつかない不自然なブリーディングでしかない(家族共同で給餌をする鳥種もある。これは文鳥本来の習性と異なる進化、少なくとも社会性を獲得していると見なせるわけだが、代々続いたのだろうか?そのような習性を獲得した集団は新種と言って良いので、学会で発表すべき興味深い研究対象と言える)。
 ところが何としたことだろう!!我が家の手乗りだったり手乗りでなかったりな文鳥たちは、巣から引き継いでこちらで育てるヒナなど見向きもしない。引き継いだ直後には給餌してくれる子もいるが、たいていは最初から無視だ。つい数日前に、シルバーペアのギンタとレッコのヒナを引き継いですぐに目の前で差し餌をしていたが、このいちおう手乗りの2羽もおしりを向けて見ようともしなかった。それが普通、自然なのである。
 ところが巣引き屋だった高橋達志郎と異なり、また高橋の著書など読んでいる気配すら感じられない海老沢さんは、「実践する方が増えることで、より効果的な実践方法が発展していくことでしょう」などと無責任の極みの態度で書いている(自分で実践しようとしない)。他人の経験を聞き知って、これだ!と、ひらめいてしまったのかもしれないが、繁殖飼育する人が極端に減った今現在、このような失敗する可能性の方がはるかに高い繁殖方法を、無知蒙昧の軽口と気づけない人たちに薦められては困る。一緒に仲良く子育ては、自分のお家流の環境でたまたまそうなっただけで、それを目指すものではあり得ない。
 著者は過去の知見を無視する性癖があるのかもしれないが、文鳥の繁殖は江戸時代から続いている事実だ。もちろん、鳥キチのジジイや畜産業としての方法論など、原始人の戯言の面も多いが、彼らの間抜けな失敗の積み重ねでノウハウが蓄積されているので、基本事項はしっかり原始人の仕様を踏まえた方が無難だ。知ったうえで原始人と呼ぶのと、原始人とレッテルを貼って何も学ばないのとでは違うのである。例えば、輸入した人慣れしていない荒鳥の繁殖は困難なので、試す場合は人目を避けるため箱状のケージ(庭籠)にして、最低限の接触に止める、といった基本的な方法論がある。確かに理に適っているではないか?一方、繁殖のずぶの素人海老沢博士提唱、「つーか、家でべた慣れ飼育する人はあんまり繁殖とかしないんじゃね?」といった私の個人的疑問を華麗にスルーするなんちゃらブリーディングは、提唱する者の無知蒙昧、経験を軽視し過去から学ばず、実証をせずに平気で他人に語る見事なまでに軽率な姿勢を、露骨に印象付けるだけになってしまう。
 伊藤美代子さんのように、繁殖の実践を伴わず、文鳥関連のネタを追いかけるライター気質な人にとっては、小ネタ集も有意義かもしれないが、飼育とは毎日の実践だ。もちろん基本的知識は重要ではあるものの、そんなものは小学生の飼育係にもできる程度の事なので、やはり大人は大人の分別を持って、見て感じて想像して科学的な裏付けを試みてできれば試行錯誤する、日々の実践に対する心がけが、何より必要なのではないかと思う。物知り博士に教えを乞うより、自分で学び取る姿勢こそ重要だろう。
 愛鳥家として小鳥を飼育し続け、巣引き屋として数多くの文鳥の繁殖に携わり、自分の文鳥の死因を究明すべく獣医師の知見を10年にわたって自己研鑽された末に、小鳥の専門病院を開業された高橋達志郎は、「毎日その小鳥を見ている飼い主が 一番いい看護をしてやれるんですよ」と言っている。見て感じて心が通じ合っていれば、より良い看護も出来る。例えば日ごろから、この子は食べづらそうだと気づいてどうすれば食べやすくなるのか考えて試行錯誤し、うまく行けば、文鳥の「表情」はぱぁ~~と輝く瞬間を体感できるはずで、その瞬間こそ心が通じたと実感され、生き物を飼育する者の至福の瞬間だ。誰にでもできる。私だけが知っているヒミツなど飼っていない人には味わえない。知らぬ他人に惑わされることなく、精進精進だ。

 で、精進した結果・・・。↑だな。クチバシの中央が筋になっている。ごま塩化しそうだ。それもそのはず、父はおそらく弥富系白文鳥のカール(ノビィコビィ母子の子孫)。母はごま塩同士の繁殖で白文鳥が復活するのを実証したエドちゃん、つまり江戸系白文鳥だ。
 この組み合わせでは理論的に、白かごま塩が生まれる。その比率は五分五分。弥富系が持つ有色の遺伝子と、江戸系の白遺伝子と組み合わせになるからだ。で、前回1羽ふ化してポイ捨てされていた遺体は白文鳥だった。そして今回は↑父に似れば大柄だが・・・、大きく見えるな、田中鳥獣店出身は小柄なので貴重かもしれない・・・。売らずに残すか、飼育数を減らす方向性には背くが・・・。
 実践はいろいろ悩ましいのである。

【付けたり】
 前書きによれば、海老沢少年は宇田川竜男や鷲尾絖一郎さんの飼育本を一所懸命読んだようだが、高橋達志郎の著作に触れた形跡はない。高橋達志郎著『小鳥のお医者』 (1966年)を中学校三年生の時に読んで、愛知から上京した広瀬先生とはジェネレーションギャップがあるわけだ(私も高橋達志郎の生前にその存在を知らない)。
 なお、さらにジェネレーションギャップがあったりなかったりする人たちには、知らない人もいるかもしれないので書いておくと、宇田川は鳥類学者で基本は獣医学の研究者であり、獣医師ではあるが臨床医ではない。飼育に精通しているのは、趣味的にいろいろ飼育しているのと、動物園での勤務経験があるためかと思う。一方の鷲尾さんは筋金入りのジュウシマツの愛好者で文鳥の専門家というわけではない。現在も東京は足立区でジュウシマツの飼鳥団体をされているはずの趣味人である。いずれも文鳥の専門家ではないが、豊富な飼育経験を持っていそうな人たちである。
 例えば「愛らしい表情や動作をしていながら、まったくわからないのがブンチョウという鳥です」とペアリングで苦労した経験がなければ書けないようなことを、宇田川は『やさしい小鳥の飼い方』(1996年有紀書房)に書いている。一方で、鷲尾さんはフットワークよく弥富の文鳥農家を取材し、大久保巨の名で別の文鳥飼育本も上梓しており、一時期は文鳥にはまっていたと想像される。そもそも、『大久保巨』なるペンネームは(本人は別人で友人としている)、江戸時代の大久保巨川(城西山人、1773年『唐鳥秘伝 百千鳥』という飼鳥ノウハウ本を刊行した人物)に由来していると思われ(毛が三本たりない・・・てか?)、江戸時代以来の文化人の系譜に位置付けられるかと思う。

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