皇室典範改正に向けた論議で、八木さんがこのように主張されている。
私はちょうど25年前、愛子内親王殿下ご誕生の前だったが、「男系継承こそが天皇や皇族の正統性の根拠である」ことに気付き、「皇位の男系継承の維持」と、そのための「旧宮家の皇籍復帰」をたった一人から主張し始めた。
四半世紀たって、「旧宮家の皇籍復帰」が無理筋だとお気づきでないらしい。
八木さんに限らず保守系の人には、旧宮家を皇籍に戻せば「万世一系」は保てると単純に考えている人も多いようだ。しかし、それは事実認識が甘く楽観に過ぎる。そもそも旧宮家とは、伏見、閑院、山階、北白川、梨本、久邇、賀陽、東伏見、朝香、竹田、東久邇の11家だが、みな伏見宮流である。・・・と言って分からないようでは、歴史の素養に欠けると言わねばならない。伏見の宮への分家は遥か彼方の大昔であり、現在の天皇家と共通する男系の先祖は、14~15世紀の伏見宮貞成親王、つまり、600年以上も遡らねばならないのである。八木さんその他男系男系おっしゃっているが、もし旧宮家の男系男子が天皇位につけば、600年余りの今上陛下御一族の男系天皇の存在が否定されることになりかねない。そもそも、男系天皇が続いていない期間が600年以上あっても「万世一系」と言えるのだろうか?
もちろん、男系だけに気を取られずに、冷静に見れば、この場合も、男系ではなく女系の論理が働き、意識的(天皇家は明治時代から男子が少ないので、宮家に女子を縁づかせて女系で結び付けようとする)、無意識的(内親王の降嫁先は宮家か貴族しかない)に、女性を介してなら近縁となっている旧宮家もあるので後述するが・・・、保守系の皆さんはが気にされるのは男系だけなのだろう?しかし、継体天皇は男系を5代遡れば天皇だが、旧宮家のみなさんは、20代は遡らなければ天皇だった祖先に行きつけない事実はどうされるつもりなのだろう?しっかり理解したうえで、そのようなこだわりを持っているのか、お尋ねしたい。
八木さんのような楽観論を読むと、客観的に見て男系にこだわるのが不可能な現実を直視していないように思えてしまう。旧宮家の人の一部の本音を示す報道もあるが、本人たちの気持ち以前に、5代前でも大さわぎだったのに、男系を重視した口の端から、20代以上遡らなければならないことに懸念もなく旧宮家の復帰を求めるなど、よほど軽率だろう。
一方で、天皇の男系男子でも宮家の創設は出来ず(天皇家は財政的に豊かではなかった)、摂関家などに入り婿なり養子なりになるケースが多いので、まず間違いなく旧宮家より近縁の男系男子がいることをご存じか?・・・この際、はっきり言ってしまえば、5摂家のうち近衛、鷹司、一条は、江戸時代に皇子が臣籍降下して跡を継いでおり、現在までその子孫が男系で継承されている家もある。
では、男系の親疎で、藤原氏の一系統を皇族に出来るであろうか?「だって、系図見たら男系でつながってるから~」などという説明を、21世紀の今日只今、明文化できるであろうか?このように、男系男子へのこだわりは、現在の秋篠宮様の後裔が爆発的に増える以外には、天皇家を絶家にする口実になりかねない面が多々あり、天皇家の弥栄を期待する者なら、むしろ危険視すべきだと、この点では悲観論者(というより現実主義なだけ)の私は思うのだが、如何であろうか?
「万世一系」などと大見えを切ったものの、明治天皇のお子様で成長されたのは、病弱な皇太子と、4人の内親王のみ。明治時代の政府も困ったことだろう。ではどうしたか?内親王の皆さんすべてを宮家に嫁がせたのである。竹田宮家、北白川宮家、朝香宮家、東久邇宮家へ(竹田の宮家の御曹司は有名ですね!)。
これは「男系で継いでるよ、遠縁だけどね。でもでも、お母さんは明治大帝の内親王だからぁ!」の腹積もりだったに決まっているだろう。では、皆さん、明治時代がお好きな方たちは、例えば竹田さんを天皇に推戴して、主権者の国民が納得するとお考えなのであろうか?
将来的には、ほとんど絶望的な男系の継承にこだわるより、女系の余地を残すのが、天皇家の将来に寄与するのではなかろうか。男系の継承、明治初期のテーゼに過ぎない「万世一系」に毒されるのも結構だが、天皇家の存続を考えた方が良いかと思う。

