
私は肩書で意見を判断しない習慣が身についていて、それゆえ、社会的地位などなんとも思っていないどころか、この人の発言にその肩書が意味を持つのか、その肩書をなぜこの人は必要としたのか、を考えてしまう。つまり、肩書があった方が、疑わしく感じる。
例えば、動物何とか士の資格を持つとされても、それが文鳥飼育に何のプラスになるのだろうか?なぜ意味がないのにこの人はその資格をひけらかすのだろう?と考える。例えば、ペット臨床のお医者さんが獣医学博士だったりすると、なぜこの人は研究職に就かずに「現場」に迷い込んでいるのだろう?そのような肩書を得る時間があるなら、どうして「現場力」を高めなかったのだろう?と思ってしまう。
逆に、例えば、教頭や校長になろうとしない学校の先生を見ると、素晴らしく思えてしまう。もちろん、赤ひげ先生のごとく、市井の「現場」で一心不乱にペットの治療をしているお医者さんを見ると、何と潔い生き方なのだろうと感動する。
さて、近頃、動物保険会社アニコムの「家庭どうぶつ白書 2023」を見ていて、いろいろ考えさせられている。鳥の「人気の品種」(鳥の中の品種ではないので、動物種、せいぜい種類としなければならないが、犬猫と同じ感覚のようだ)は1位セキセイ29.7%、2位オカメ18.5%、3位ブンチョウ13.4%でとある。
もちろん、「アニコム損保の保険契約を開始した鳥10,863羽において、全体に占める割合」を示したに過ぎず、飼育数の実態を反映してはいない。例えば大型インコのヨウムは157羽で全体の1.4%、10位にランクインしているが、1000人に14人も飼っているわけがあるまい。それほど存在したら、乱獲で野生の生息数は激減し、日本のマンション街が野生の雄叫びで騒然となってしまうだろう。つまり、ヨウムの飼い主にとって保険は重要不可欠で、加入する比率が高いだけのはずだ。
それでも、飼育数が多いのはセキセイインコのはずだ。で、私はセキセイという生き物は、昔から世界的に一般的な存在だが、謎な面が多く、飼いやすい小鳥と言えるのか疑問で、そのため飼い主が右往左往してしまうのではないか。とか、またチェーン店が生体を安く売って脅し文句で保険に加入させたりしてるんだろうな、とか、2018年に静岡で大きな繁殖場の掘立小屋が燃えて4000羽のセキセイが亡くなるようなことがあったが、セキセイにとっての繁殖場は適した場所なのだろうか、とか考えてしまう。
何しろピヨときたら、今年の始めから繁殖気配でテンションが上がりまくり、抱卵中の文鳥の巣に入りこんで返り血で血まみれになったり(威嚇されたピヨが親鳥のクチバシを噛み出血。私からお湯洗いの刑に処される)、私が手に持つカメラに嫉妬して私の指をかんでさんざんに叱られたり、わら巣を3日で破壊しつくしたり・・・、で狂騒の数か月を経て産卵を始め、ココナッツの巣を用意したら抱卵をし、最近飽きてきている。・・・文鳥より手がかかるし、これが本性なのか、ピヨが独特なのか、よくわからない。
肩書がなくても良い。むしろ無い方が良い。ろくに知りもしない、そもそも飼ってもいないど素人の利いた風な言葉に惑わされず、しっかり飼い方を追求したいものである。私は文鳥専門で手一杯だが、セキセイの方が問題点が多いのは、何となくわかる。
