
私なら、それだけでその動物病院に期待などしない。なぜ、その動物病院が一番診療する鳥種を飼わないのだ?キバタンなわけがないだろう?あの、オーストラリアの生息地では野良に大量にいて害鳥となっているらしい巨大なインコは、寿命が50年程度とされ、その体格に似あった雄たけびは気密性の高いマンションでも周囲に存在を知らしめずにはおかず、解毒のために土食を好むという特殊性もあり、およそ日本の住宅地で、気軽に飼育するのは難しく、周囲に迷惑をかけずには済まない生き物だ。
その見事な装飾羽同様に、見た目を重視した選択を露骨にされたら、そこの獣医師をうわべだけを考える俗物と見なされるとは思わないのだろうか?なぜ、自分たちに救いを求めにきた飼い主の、ひとりでも多くの人に安心感を与えようとしないのか?なぜ、自分が飼育することでその鳥種についての理解を深め、飼い主と同じ視線を持とうとしないのだろう?私にはおよそ理解できない。
1992年刊行の『飼鳥の臨床指針』(※解剖写真満載の専門書である)において、日本におけるボトムアップタイプ(より小さく一般的な小鳥の飼育と臨床と研究からより大きな鳥種の診療を可能にしていくタイプ)の小鳥医療の泰斗、高橋達志郎の弟子である石森礼子先生は、次のように述べられている(P29)。
「これから飼鳥の診療をなさろうと思われている先生がいらしたら、もし小鳥を飼ったことがないのでしたら、ぜひ一度小鳥を飼っていただけたらと思います。獣医師と飼主の眼を持って飼ってみてください。鳥を飼ったことがないと、病気や処方は分かっても、大変重要な根本的な看護、管理といったことを適確に行うことができないと思います」
2000年頃の私、つまり、ただの文鳥マニアだが、は、石森先生がインコの本の監修ばかりしているので、そちらが中心なのだろうと少々残念に思っていたが、ボトムアップして大型インコとも、「獣医師と飼主の眼を持って」接するためにご努力されていたのだろうと、今にして思える。
どこぞの大型インコ治療の専門家の治験を仕入れたおしゃべりなSNS中毒?経由で、トップダウン式に習い覚えたことを、診療室の密室で振り回すだけの無自覚な低能たちに(師匠は越えるべき存在だ!批判的に継承するのも弟子の務めだ!!師匠に従うだけのボンクラなど「先生」と呼ばれる価値はない)、「大変重要な根本的な看護、管理」など期待するほうがおかしいのではなかろうか。
さて、飼い主が毎日向き合わねばならないのは、専門外についての上辺の知識のひけらかし、ではない。自分が負わねばならない現実としての「大変重要な根本的な看護、管理」だ。
それは、チビタでもある。彼、おそらく弥富系白文鳥の完全優性とされる白因子のホモ型で(説明が面倒なので遺伝学用語のままだが、わからなくて良い)、普通は中止卵で孵化しないところ、稀に障害を持って生まれることがあるらしい、が現実化した文鳥である。とても食欲旺盛だったが遅々として育たず、食べるだけ食べるためにこの世に立ち寄ったんだろう、と思っていたら、急激に成長を始め、結果、何らかの障害で栄養を十分に吸収できなかった幼期に脚の骨が軟弱だったために複雑骨折状態となって、歩行不能の障害を持つにいたった文鳥だ。
老いて、さらに体を保持することが難しくなり、難しいのでパニックになって、あらぬ方向に飛んで行ったりした挙句に、カゴから出なくなった。が、一昨日は出てきて、意外とがんばってくれていた。遊具にしがみつき、晩柑果汁を飲み、いろいろ食べもした。
チビタの日常、私の日常、小学生の頃に飼ってた、で獣医師と飼主の眼を持って向き合うことなどしないような生き物を飾り物としか見られない軽薄輩の知ったことではない。




