ボクジュ逝去

 昨日の載せた画像は一昨日のではなく、その前日の。なぜなら、一昨日夜は、より気の毒な姿だったからだ。
 彼も、昨晩、巣の中で静かに亡くなっていた。

 6歳過ぎれば老衰するのが当たり前で、死因など考えないようになったが、ポナもボクジュも胆のう腫だろう、とは思っている。亡くなる直前まで食欲旺盛、体重も減らないが、一気にもしくは次第次第に衰弱する。
 治療法はない。高橋達志郎は必死に究明しようとしていたようだが不治の病だ。今の小鳥専門医など、昔の診療指針を読んで勉強することもなく(2000円で買えるのにね!)、研修先で、無批判に技術を仕入れただけの自立してものを考えられないような人が多いだろうし、飼育数も減って症例を診る機会もなく、そもそもトップダウンのうわべの知識で、ペレットを基に食事指導などして低エネルギー症で殺しかけても気づかないような人もいるようだから、今後の期待などできない。従って、胆のう腫だろうが何だろうがわかっても仕方がない。
 文鳥は3歳まで頑張って繁殖し、衰えが始まり、5歳にして繁殖しなくなり、6歳にして老い、7歳以降は運次第だ、と理解していれば、何があっても自然の摂理、生きていてくれる幸運に感謝するべきだと達観してしまった。
 そのような達観には至らないのが普通なので、調子が悪くなればうろたえるのが当然で、獣医などと称する時点で問題意識が希薄な臨床医にすがるのも仕方がないが、動物の医療費は高齢で跳ね上がる事実があり、これは日本のペット飼い主が老病との付き合い方がわからず、また欧米の動物臨床医と違って、日本のそれらが、迷える飼い主にペットの死という避けがたい事実をわきまえさせず、延命にのみ奔走していることを示している。強い薬を与え、手術をし、痛めつけ長らえても1年かそこらである。手の中に入れて3日看取った方がどれだけ救われるか、少し冷静に考えた方が後悔は少なくて済むだろう。

 それはともかく。ボクジュも死んでしまったか。具合が悪くなる直前、あいさつしてくれる子、ジロは珍しく掃除をしている私の肩に来た。ボクジュは若い頃のように、対面キッチンの水栓レバーに乗って、「キョーイ!」とボクジュ流さえずりを披露してくれた。手乗りではないポナも、湯漬け餌をエサ入れのカバーに乗せる私を見上げて見ていた。みな良い子たちであった。
 ・・・で、まったく愛想のない良くない子もたくさんいるのが、文鳥の素敵なところではある。

 2019年2月5日に生まれた美男の貴公子、安らかに。

 ・・・放置している昔の写真の復旧をしたいな。

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