
ヨッチは2019年12月28日生まれなので、6歳ちょっと。どこかに持病があるらしく、一時期ハ行ぎみになったり最近は顔の羽毛がはげても来ていたので、健康な印象はなかったが、飛びまわって「早く帰りなさい。年寄りのくせに!」などと言っていた翌日に死んでしまうとは思わなかった。
ヨッチの父タロは健在、その母サンも羽毛がぽわぽわして老いを感じるがそれでもまだ飛びまわっている。ヨッチの夫の父トムも健在で、よく足を踏み外したりずっこけるのだが、若い頃からなので、老いの症状なのか今一つわからない。まだ若くても、ヨッチの孫のキイは産卵せずで、色つやはきれいだがどこか虚弱だ。
こうして見れば、法則発動の余地はまだたくさんありそうだ。
まるで動物園の飼育係のように、長生きさせればOKのような誤解は、不見識なおしゃべりたちの活躍もあって、文鳥の飼い主たちの潜在意識に根付いてしまい、私すら影響を受けるほど強力だが、あえて言うなら「バカじゃね?」である。長く生きれば良いとは言えない現実からの影響の方が、はるかに勝っているからである。長生きさせることを絶対視して、そればかり追い求めて、自分の文鳥の気持ちを置き去りにするなど、延命治療と称してごちゃごちゃやって臨終を苦しめて、・・・デビィ夫人に殴られるように、感謝されないのがわからないのだろうか。感謝する人もいる?上辺はね、日本人で礼儀正しくて当たり前だから。で、文鳥でもその他でも、また飼えるだけの精神的経済的余裕を残しているかだ。
個人的には、親がやせ細り子供の顔も忘れ去り、歩行困難どころか腕も使わないので動かなくなって、テレビが一日中ついているが、ヘッドホンはズレていて聞こえなくても気にもしない、という状態なのを見ると、そういう手近な例を見なくても同じ結論ではあったが、生きた年数など何の意味があるのかと思う。生物的には、繁殖を卒業すれば余生なのだから、長さより充実したものにすることにこだわるのが、当然かと思う。
とするなら、6歳でぽっくり死ぬというのも、幸運に類する。もちろん、サチィのように、いつ死んでもおかしくないのにせっせと水浴びをして乾かせずに震えている、というのも、老後の正しい姿ではあると思うのだが、そういった生きがいは誰にも見つけられるものではあるまい。
さて、文鳥の卵づまりは、本来年中不定期に繁殖する熱帯の生き物が、温帯で四季のある日本の環境に適応する際に、換羽が故郷の環境に近い夏に一斉に始まることになったため(気温の変化によるのか、日が長くなることに影響されているのか不明。気温の要素が大きいと個人的には推測している)、それ以外は繁殖期となり、真冬の産卵と言う野生ではあり得ないことになってしまい、その配慮をしない「原始人」がほぼ屋外で氷点下にもなる環境で繁殖させていた結果、と店のブログで指摘した。
したがって、温かな室内で卵づまりになる可能性は格段に低く、我が家のように毎年複数回産卵して、30羽くらいのヒナが一気に生まれて飼い主が瀕死状態に追い込まれても、卵づまりは起きないのである。電気代で何万円も支払っている恩恵と言えよう。
つまり、初年で1割に減り年々半減する、恐怖のサバイバルゲームとなる野生に対して、育つのが当たり前、若くして亡くなるのは稀、などと言う飼育とは、別次元で比べ物にならないのと同様に、「衣食住」の「住」の部分は、文鳥の生存に決定的な意味を持ち、まさ季節感なく室内で快適に過ごせる現代の住環境は、文鳥にとって快適なものに、すでになっていると認識し、原始時代に寒い冬の卵づまりが多かったから、今もそうだ、などと見なすのは止めてもらいたい。
産気づいてから出産するまで、その所要時間はいろいろで、途方もなく時間を有するケースもあるが、それで不幸が起きることは、ごく稀だ。文鳥が朝方になかなか卵が出ずに苦しそうでも、即、異常とするのは、およそ常識的な判断ではない。
主因は寒さで蠕動運動が滞るからなので温める(室温をあげる)。お昼まで暇なら、自分の飼育スタイルを考える。栄養不足、普段食べないからボレー粉などのミネラル摂取を怠っていなかったか、運動不足、特に水浴びをしっかりして筋力を維持できるように気づかっていたか、その程度のことだ。正午になっても産卵しなかったら、お腹の卵を押し出すくらいのことはできる動物病院に行けば良いだけだ(専門性が怪しければ、電話して具体的に処置できるか聞いた方が良い)。獣医さんの中には、自分たちが完全予約制にしているのも忘れて、異常があればすぐに連れて来いと急かす人も多いようだが、暖かさと安静が求められる自然な産卵中の通院は、わざわざ危険を招く行為に過ぎないことくらいは、わきまえるべきだろう。
ましてや、経験を欠き知識も偏りがちな飼い主に対し、産卵と言う、生き物にとって当たり前の行為を必要以上に危険なものとおどかし、食事制限やホルモン療法を安易に勧めるのは、ほとんど詐欺行為であり、生物実験とさえ言えるものなので、やめていただきたい。こうした飼い主や獣医は何でもかんでもいろいろやろうとして、過剰への配慮が欠落しすぎている。もちろん、何もやらなければ死ぬかもしれないが、過剰となれば殺すも同然だ。デビル夫人・・・、いやさデビィ・スカルノさんが動物病院でキレて暴れたのも(記事 ウチの母親より年上なのにすごい人だ!)、臨終の過剰な獣医療への警鐘にはなっていると、私は思うのだが、いかがなものだろうか。
飼育で知ったかぶっている人たちの御託など、新旧ともに怪しいものばかりである。昔は視野狭窄で無自覚、今はそもそも飼育に対して徹底的に無知。どちらも共通するのは、自信たっぷりなところだけ、だ。だまされないように。時間とお金を使えば報われるものではない。病院など行かずに済むならそれに越したことはない。しっかり、文鳥との日々の生活を守ることが大切である(お金がないなら動物病院の存在など忘れてしまえば良い。その方が一緒に過ごせる時間は長くなることも多い)。

