
すっかり評論家になっている「2chのひろゆき」さん」が「『日本語が得意ではないので英語でお願いします』と、英語で言われても英語で返さない小泉さん・小林さんのお二人は話せないと思われても仕方ないよね」と指摘されているという(記事)、しかし、ネット番組のその場のその回答だけでそうと思うような人は軽率だろう。
なぜと言われたら、「コバホーク」は経歴を見ると、東大法学部、はどうでも良いとして、ハーバードに留学しており、3年間アメリカの日本大使館で書記官を務めている。これで英語が話せなかったら奇跡だ。頭が悪いと言われる小泉さんちの進次郎さんも、関東学院大学卒、は触れずにおくとして、親父の人脈であれコロンビア大学大学院政治学部を修了し、さらに鮮やかなほどに露骨な親父の七光りであれ、CSIS(戦略国際問題研究所)に所属していたのだから、英才ぞろいのそこで役に立ったのか論文の一つでも書いたのかは知らないが、英会話が出来なかったらむしろほめるべきだろう。
その点、質問されたひろゆきさんも承知されていて、「日本の総理大臣が、英語を話せなくても良いと思います。ただ、相手に合わせようとする心意気がない事が、問題だと思う人もいるという事です。2人とも英語話せるんでしょ?」とされている。
つまり、相手に合わせて話すコミュニケーション能力を試したかったようだ。しかし、SNSで上げ足を取られる危険性を感じていれば、ざっくばらんに気やすい回答を差し控えるのも当然と言えるのではなかろうか。あんたら、そんなに信用されてないんだよ、と私は思うのである。つまり、質問者の意図とは違い、SNSへの警戒感の相違を示しているとも見なせ、若い世代ほど警戒感は強く慎重、茂木さんと林さんはその点無邪気、高市さんは賢明、とも評価できるように思える。
ひろゆきさんが指摘するような、気やすく会話できないことを問題と思う人は、政治家を評価するのは困難ではなかろうか。その場で聞いた受け答え、その場で見聞きした動画だけを元に、今の自分の能力の範囲内で、直感的に人を評価すれば、それは真実とはかけ離れてしまうことが多いはずだ。あの二人「英語しゃべれないじゃん!」と思ったら、経歴くらい調べてほしい。経歴上英語が出来ないはずがないことを知ったら、なぜしゃべれるのにしゃべらなかったのか考えてほしい。SNSはきっかけにして、自分で考える習慣を身につけたらいかがですか、と思うのである。
ところで、昔(1951年)9月7日、日本国総理大臣吉田茂はサンフランシスコ講和会議において、和紙に書いた講和条件受諾の原稿を巻物にして日本語で読み上げ「吉田のトイレットペーパー」と笑われた故事を思い出した。もちろん、笑った方が相手国の文化を理解しない無知蒙昧なだけで、日本側は外交的な意味合いでわざわざそうしたものである。何しろ、英国大使を長らく務めた吉田茂は日本語より英語の方がうまかったかもしれない人物であり(尊敬して模倣していた人物は英国宰相チャーチルだ)、さらに白洲次郎という欧米事情に通じた頭の冴えわたった人物が側近として控えており、日本が敗戦国の立場から脱して戦勝国と外交的に対等な立場に復帰するにあたって、日本らしさを演出したものであった。アメリカその他の占領下にあったが、属国化して英語を話すようになったわけではないことを、態度で示したわけだ。
さて、吉田茂にあやかって名付けられた石破茂さんは、吉田茂とは大きく違って英会話も出来ない私のような人らしいが(「カニ文字は苦手じゃ~!」)、せっかくなので、「卒業旅行」の国連演説では、紋付でも着て巻紙を読んで見せれば、各国の代表たちも喜んでくれたのに、と残念でならない。もちろん、着慣れず七五三のようになるだろうが、カンヌで変装してヨーロピアンを喜ばせた北野武監督のように、上から目線の珍奇趣味を持つ貴族どもには愛されたはずだ。長蛇を逸したなシゲルちゃん。ついでに政治家を辞めて、オタク趣味に余生を捧げたら良いかと思う。

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