大統領執務室内での会見中に、国家を担う大統領同士が言い合いになってしまった件につき、どちらも頭を冷やして、などと仲裁するようなことを言う常識人は、特に日本人には多いが、今回の場合は、非はほとんどすべてアメリカ側にあって、ウクライナ側とは同一視できない。アメリカ側が迎賓する立場でありながら、そのお呼びした賓客に無礼を働き、それに反応したゲスト側に議論を重ねて辱めたのが、大枠である。それを見失って、どちらも悪いなどと無責任な仲裁をすべきではない。
トランプさんたちは、大統領執務室に呼んでやった、といった感覚なのだと思うが、外交儀礼として基本的に最初から無礼だ。外国の元首にゲストとしてお越しいただいた以上、ホストとして接待しなければならないのに、お客様の非礼をなじってどうするのか。まして、公開の場で相手に感謝を要求するなど、屈辱外交を強いているだけと気づかないとは、どういった神経であろうか。その場は受け流して、落ち着いてから再協議するのが、大人の常識であり、ゲストを招いたホスト国の責務ではないか。
NHKが、会談の全文を文字化してくれているが(【やり取り全文・後編】トランプ氏 ゼレンスキー氏 なぜ口論に)、直接的には、まったくウクライナの立場を理解していないとしか思えないバンス副大統領が、首脳同士の話し合いに差し出口をしたことに、最初からイライラしているゼレンスキーさんが噛みついたところにある。そもそも、本来ゼレンスキー大統領と話して良いのはトランプさんだけで、副大統領が主体的になって良い場面ではない。彼は、自分より立場が上の相手を尊重せず、自分の上司を無視したことにしかならないのだが、トランプさんは自分の手下がしゃしゃり出てもたしなめるどころか、一緒になってゲストを責め立ててしまった。
いちおう、アメリカ合衆国の閣下たちのようにあまり新聞記事など読まない人のために、新聞記事程度の知識しかない私が、解説しておかねばなるまい。
ロシアによる侵略は、一般的には首都キーウを制圧するための軍事侵攻が始まる2022年と認識されているが、ウクライナの立場から見れば、2014年のロシアによるクリミア併合に始まる。これは、ロシア系の多い東部で支持されていた親露派のヤヌコビッチ大統領が、信を失って市民のデモが多発する中でロシアに逃亡して亡命し、親EU派によるロシア離れに危機感を持ったプーチンがクリミアを併合したという経緯による。このクリミア併合が成功したので、プーチンはさらにドンバス地方などロシア系の住民の多い東部を分離独立させ、ウクライナの中央政府から見れば反乱組織に露骨な軍事支援を行った。当然の結果として、ウクライナ軍との間で戦闘状態となり、延々と内乱状態となる。
そのように、ウクライナ人なら忘れるわけがない2014年を、当然、間違えるはずもなくゼレンスキーさん言っているのに、無知な老人のくせに自覚のないトランプさんは2015年とわざわざ訂正し、ムカッとしたゼレンスキーさんが「2014年」と訂正し直し、へつらうだけのバンスさんは2014年から2015年などと、わけのわからないことを言ってしまった。一事が万事で、「何も知らないくせに口出しするなバカヤロー!」と思われて仕方があるまい。
「しかし、2014年から2022年まで状況は変わらなかった。人々は停戦ラインで亡くなり、誰も彼を止めなかった。ご存じのとおり彼とは大いに対話し、首脳会談も行い、署名もした。新しい大統領として2019年に彼(プーチン)とマクロン氏(フランス大統領)、メルケル氏(ドイツ前首相)と停戦合意に署名した。皆が、彼はもうしないだろうと言った。ガスの契約にも署名した。しかしその後、彼は停戦を破り、ウクライナ国民を殺害し、捕虜交換に応じなかった。われわれは捕虜交換に署名したのに、彼は実行しなかった。バンス副大統領、どういった外交の話をしているのか。どういった意味で言っているのか」
と語ったゼレンスキーさんの絶望的な気持ちを理解しないで、共同会見など出来るわけがないだろう。私はウクライナの前大統領ポロシェンコさんに期待していたので、(汚職腐敗のレッテルを貼るロシア側のプロパガンダにより)かなりロシア寄りのコメディアンが大統領になったと、当時は大きく失望していたが、幾多の苦難を経た現在のゼレンスキー大統領に同情するし、あまりにも気の毒に思い、この部分は観ても読んでも涙さえ流れる思いだ。悔しかったに相違ない。国を背負う気概があればこそ、アメリカの大統領執務室でアメリカ政府に噛みついたのだ。それを非礼と言うのなら、そこまで追い詰めた責任は、アメリカの現政権の無礼無理解にある。
2019年のミンスク合意なるものは、経済的な利益しか考えないあのメルケルさんが、ロシアからのパイプラインのために、ロシアによるすべての侵略行為を誤魔化した西欧の人道主義などまやかしだと証明した紙切れで(ウクライナ東部の反乱軍はなぜかロシアの地対空ミサイルの貸し出しを受けており、2014年旅客機を撃ち落とし、オランダ人など何百人もの人命を奪ったがロシアは何の責任も問われていない)、おかげでウクライナ東部の戦闘は続き、ウクライナ中央政府のEU加盟願望を高め、業を煮やしたプーチンがウクライナ全土の軍事的併合という野望を実行するに至ってしまった。確かに、オバマのアメリカが等閑する中、メルケルのドイツが仲介した外交は行われたが、事態は悪化の一途となった。その挙句が、「外交しようよ。僕はピースメーカーだから武器なんてあげないよ。でもレアアースは寄越せ!掘って掘って掘りまくれ~!」とドナルドダックがガーガー言って、「そうだ、そうだ!」と添え物が差し出口をすれば、やりきれないだろう。
トランプさんは、「ピースメーカー」と繰り返しているが、だからあなたはオバマさんに似てるし、ノーベル財団に圧力をかけて平和賞をもらえば良いのである。かつてロナルド・レーガンは、ロシアの前身たるソ連邦を悪の帝国と呼び、共産圏に対して「力による平和」を掲げ、その前提として西側諸国の結束を図り、敵であるソ連邦を率いるゴルバチョフ書記長とも信頼関係を築き共産圏を解体し冷戦を終結に導いた。明らかに結果から見ればピースメーカーだが、そうありたいと願ったとは思えない。アメリカのため自由民主主義のためなら戦争を辞さない人物はピースメーカーを自称しがたいのだ。
トランプさんにしてみれば、あの民主党のあのオバマさんが2009年に現職の大統領の身で、ノーベル平和賞を受賞したのは、腹立たしくもありうらやましくもあり、なのかもしれないが、辞退するだけの自覚がないうちに、ノーベル財団の呪縛を受けてしまっただけである。うらやましいどころか、自分で馬鹿のレッテルを背負ったに等しく、嘆かわしいだけだ。「大統領は戦争をしなければならないこともありますから・・・」「前例もありませんし・・・」で辞退しなければならないのに、2009年1月に大統領就任し同年12月に受賞と、深く考える間もなかったのか、元々その程度のお調子者に過ぎず、結果、自縄自縛で大統領としての行動に制約が生じ、「攻撃するぞするぞ」の口先番長になってしまったではないか。アメリカ同時多発テロの首魁とされるビンラディンを特殊部隊で急襲して抹殺、その経過を己が閣僚ともどもに携行カメラの映像を見ながら快哉を上げるような人物なので、怜悧な判断を求められる大統領職に適任だったはずだが、優柔不断で口先番長と見なされてしまったのは、まさにノーベル平和賞の足枷ゆえではなかっただろうか。トランプさんも、毛嫌いする相手の真似などしない方が良いだろう。
なお、ドイツのメルケルさんには、最近も驚かされた。何と、「ミス・メルケル~元ドイツ首相の探偵日記」などというドラマが制作され、2023、2024年に放映されていたのを知ったからである。
・・・びっくりするほど無反省。それが受けると思っている、ドイツのメディアも大概毒されており、それこそ、民主党政権に寄り添い過ぎて、(無知で冷静ではない)庶民の怒りに無頓着だったCNNなどのアメリカメディア同然と言えよう。“ドイツのお母さん” “世界で最も影響力のある女性” “自由民主主義の最後の守り手”とは、誰も信じないから、政権末期は選挙のたびに負け続け、辞めても元手下が負け続け(ショルツさんは貧乏くじを引いただけで、言動はまともだったと思う)、挙句は徹底的に負けて政権から転落どころか、極右政党にも及ばぬ体たらくで、左派を壊滅させてしまった。このようなドラマを制作すれば、益々白い目で見られることくらいわからないものだろうか。
自動車の輸出先として共産中国にすり寄り、ガスの供給先としてプーチンを甘やかし、自動車産業の人手不足を補うために中東その他の移民を厚遇し、脱原発を推し進めた。結果は、電気自動車の技術は皆中国企業に奪われて自動車産業は衰退、プーチンは他国の領土を侵して欧州の安全保障は危機的状態になり、大量の移民が押し寄せ社会不安を招き、電力インフラは不安定で高止まり、そのような中で、元凶のおばさんが引退後に探偵ごっこしているドラマなど見せられて、どう思えと言うのだろう?
“ドイツを破壊した者” “世界で最も悪影響を与えた女性” “自由民主主義の壊し屋”と見なす者が増えている現実をわきまえるべきだった。
ダメ左派のメルケルさんと、なんちゃって右派のトランプさんが、同時にノーベル平和賞を受賞して、うわべの左右対立が無意味なことを、世界に知らしめるようになったら良いのに、と夢想している。
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